中身は半金属、表面はスピン偏極した高密度金属
ビスマス膜超薄膜の不思議
2008.01.24
独立行政法人物質・材料研究機構
NIMS、筑波大学・数理物質科学研究科、ドイツのユーリヒ研究所、スペインのドノスティア物理研究所、ロシアの科学アカデミーの研究者からなる国際的な研究グループは、ナノスケールBi超薄膜の電子状態を走査トンネル顕微鏡を用いて測定することに初めて成功し、Bi表面に固有の特異な物性を見出した。
固体バンド電子理論では、低いエネルギー状態からなる価電子帯と高いエネルギー状態からなる伝導帯との相対的な位置関係が重要で、両者の間にエネルギー的に重なりがあり、そこにフェルミ準位がくる物質は、伝導帯 (価電子帯) に十分な数の伝導電子 (正孔) が存在する金属である。両者の重なりがなく、価電子帯だけがちょうど電子に占有されつくした物質が絶縁体 (半導体) であるが、その境目の、ごくわずかな重なりがある物質は半金属とよばれ、ビスマス (Bi) がその典型である。この状況から予想されるように、半金属Biは、微量な不純物やわずかな磁場を加えることなどにより、他の単元素物質に比べて型破りに大きな物性変化を示す。このため、アクロバティックメタルとも呼ばれ、シリコンやゲルマニウムに匹敵するほど盛んに研究がなされてきた。近年は、ナノサイエンスの観点から、Biナノ粒子や超薄膜のサイズ・厚さ依存性に注目が集まり、ナノ構造制御における物性制御の格好のモデル物質として現在世界中で研究が活発化している。最近、わが国の筑波大学・数理物質科学研究科 (柳沼 晋) 、物質・材料研究機構 (長岡 克己、長尾 忠昭、中山 知信の3氏) 、ドイツのユーリヒ研究所、スペインのドノスティア物理研究所、ロシアの科学アカデミーの研究者からなる国際的な研究グループは、ナノスケールBi超薄膜の電子状態を走査トンネル顕微鏡を用いて測定することに初めて成功し、Bi表面に固有な、特異な物性を見出した。
バルクのBiは、A7構造と呼ばれる構造をとり (図1a左上参照) 、膜の厚さが10 nm程度以下になると、金属ではなく半導体になると予想されていた。そこで本研究では、まず、厚さ7nmのBi薄膜について走査トンネル分光(STS)測定を行ったところ、予想に反して強い金属状態であることが明らかになった。これを理解するために行った相対論的第一原理電子状態計算から、この強い金属性は、表面最外層が担っていること (図1a右) 、さらに、この表面層の電子スピンに強い偏極が生じていることを示す結果が導かれた (図1a左下) 。後者の結果は、バルクBiは磁性を示さないことを考えると大変興味深いもので、Biの6p電子に働く、大きなスピン・軌道相互作用が表面の存在による空間反転対称性の破れに伴って主役を演ずることになった結果 (Rashbaスピン軌道分裂効果) と理解される。実際、この計算結果は、今回の実験データと非常に良く一致しており、また、最近の光電子分光実験の結果とも一致している。
一方、Biの膜厚が1-2nmになると、黒リン(A17構造)類似の構造 (図1b上参照) をとり、半導体になると予想されていた。そこで、この構造 (膜厚 1.3nm) の膜を作製し、上記と同様の実験を行ったところ、半導体ではなく弱い金属に留まることが分かった (図1b下) 。特に、計算とSTS測定の結果は、A7構造の場合より、さらに大きなRashbaスピン軌道分裂が生じていることを示唆している。
本研究の意義は、ビスマスが数nm以下の構造物になった場合、表面最外層が金属になっていることを、表面敏感なトンネル分光法という手法で直接明らかにした点である。さらに、バルクでは磁性を示さないにも関わらず、表面最外層ではRashbaスピン軌道分裂によって、強いスピン偏極が生じることが検証された。このことは、ナノスケールにダウンサイジングしたビスマスが新しいスピンフィルタ材料やスピンホール効果を利用したスピントロニクスの材料としての可能性を持つことを意味しており、本研究に続く、今後の展開が大いに期待される。
この研究は物質材料研究機構において行われ、その成果は、日本物理学会発行の英文学術誌Journal of the Physical Society of Japan (JPSJ) の2008年1月号に掲載された。また、JPSJが選定するJPSJ Papers of Editors’ Choice (論文賞) を受賞し、プレス発表が行われた。 (論文掲載誌 : J. Phys. Soc. Jpn. 77, No. 1 (2008) 014701)
バルクのBiは、A7構造と呼ばれる構造をとり (図1a左上参照) 、膜の厚さが10 nm程度以下になると、金属ではなく半導体になると予想されていた。そこで本研究では、まず、厚さ7nmのBi薄膜について走査トンネル分光(STS)測定を行ったところ、予想に反して強い金属状態であることが明らかになった。これを理解するために行った相対論的第一原理電子状態計算から、この強い金属性は、表面最外層が担っていること (図1a右) 、さらに、この表面層の電子スピンに強い偏極が生じていることを示す結果が導かれた (図1a左下) 。後者の結果は、バルクBiは磁性を示さないことを考えると大変興味深いもので、Biの6p電子に働く、大きなスピン・軌道相互作用が表面の存在による空間反転対称性の破れに伴って主役を演ずることになった結果 (Rashbaスピン軌道分裂効果) と理解される。実際、この計算結果は、今回の実験データと非常に良く一致しており、また、最近の光電子分光実験の結果とも一致している。
一方、Biの膜厚が1-2nmになると、黒リン(A17構造)類似の構造 (図1b上参照) をとり、半導体になると予想されていた。そこで、この構造 (膜厚 1.3nm) の膜を作製し、上記と同様の実験を行ったところ、半導体ではなく弱い金属に留まることが分かった (図1b下) 。特に、計算とSTS測定の結果は、A7構造の場合より、さらに大きなRashbaスピン軌道分裂が生じていることを示唆している。
本研究の意義は、ビスマスが数nm以下の構造物になった場合、表面最外層が金属になっていることを、表面敏感なトンネル分光法という手法で直接明らかにした点である。さらに、バルクでは磁性を示さないにも関わらず、表面最外層ではRashbaスピン軌道分裂によって、強いスピン偏極が生じることが検証された。このことは、ナノスケールにダウンサイジングしたビスマスが新しいスピンフィルタ材料やスピンホール効果を利用したスピントロニクスの材料としての可能性を持つことを意味しており、本研究に続く、今後の展開が大いに期待される。
この研究は物質材料研究機構において行われ、その成果は、日本物理学会発行の英文学術誌Journal of the Physical Society of Japan (JPSJ) の2008年1月号に掲載された。また、JPSJが選定するJPSJ Papers of Editors’ Choice (論文賞) を受賞し、プレス発表が行われた。 (論文掲載誌 : J. Phys. Soc. Jpn. 77, No. 1 (2008) 014701)