磁性ナノ粒子を用いたがんの温熱治療 その詳細な発熱メカニズムをはじめて解明

検査をすり抜ける微小がんに有効な治療法の進展にはずみ

2011.11.15


独立行政法人物質・材料研究機構
公立大学法人滋賀県立大学

NIMS 量子ビームユニットの中性子散乱グループは、滋賀県立大学工学部と共同で、隠れた微小ながん組織を選択的に加熱できる磁性ナノ粒子がん温熱治療の際に、がん組織内のナノ粒子の周囲の環境の微妙な差異によってそれぞれ特異なナノ粒子の配向状態が形成され、最適な加熱条件が大きく変わってしまうことを理論的に明らかにした。

概要

  1. 独立行政法人物質・材料研究機構 (理事長 : 潮田 資勝) 量子ビームユニット (ユニット長 : 北澤 英明) の中性子散乱グループ間宮 広明主任研究員は、滋賀県立大学工学部のBalachandran Jeyadevan (バラチャンドラン ジャヤデワン) 教授と共同で、隠れた微小ながん組織を選択的に加熱できる磁性ナノ粒子がん温熱治療の際に、がん組織内のナノ粒子の周囲の環境の微妙な差異によってそれぞれ特異なナノ粒子の配向状態が形成され、最適な加熱条件が大きく変わってしまうことを理論的に明らかにした。
  2. 現在、副作用の少ないがん温熱療法は、手術・放射線・化学療法に続く第4の治療法として、免疫療法とともに研究開発が盛んに進められている。特にドラッグデリバリー技術を応用して磁性ナノ粒子 (ナノサイズの磁石) をがん細胞に送り込み、それを発熱体として用いてがん組織のみを交流磁場で局所加熱する磁性ナノ粒子がん温熱療法は検査をすり抜けた微小ながん等への有効で副作用が少ない治療法として注目を集めている。しかしながら、既存の簡単なモデルに基づく磁性ナノ粒子の発熱量の予測は実験結果と食い違い、磁性ナノ粒子がん温熱療法の実用化にあたっての最適設計の大きな障害となっていた。
  3. 従来、磁性ナノ粒子の磁場応答は、方位磁石を地球磁場の方向に配向させる力、すなわち静磁エネルギーの高低をもとに解析的議論がなされてきたが、間宮らは、この治療が大量の熱を周囲のがん組織に散逸させることを考慮し、実際に近い条件下でのシミュレーションをおこなった。その結果、磁性ナノ粒子の配向状態は粒子の大きさや形状、その周囲の粘性や交流磁場の照射条件ごとに劇的に変わることを見出した。なかには、比較的弱い振幅の高周波磁場を照射した場合のように、磁性ナノ粒子が磁場の方向を向くどころか、磁場と垂直な面内に揃って配向するケースも現れた。そして、磁性ナノ粒子の発熱特性もこうした熱の流れの中に生じる特異な定常的配向構造に大きく左右されることがわかった。
  4. 本研究の知見が、透過力の高い量子ビームを用いたその場観察技術を用いて検証され確立されれば、がんの属性に合わせた発熱体 (磁性ナノ粒子) と照射装置の最適化が可能となり、磁性ナノ粒子によるがん温熱治療は実用化に向けて大きく前進すると考えられる。
  5. 本研究成果は、ネイチャー・パブリッシング・グループのオープンアクセスジャーナルScientific Reportsオンライン版にて11月15日 (予定) に公開される。

「プレス資料中の図3 : 日常の磁石とがん温熱治療中に生じると考えられる配向構造の一例 (a)地球磁場の方向を向く方位磁石、(b)及び異方性磁場より弱い強度の高周波磁場を照射した際に形成される、強磁性ナノ粒子が磁場と垂直な面内に揃って配向した定常的な構造を模式的に示す。」の画像

プレス資料中の図3 : 日常の磁石とがん温熱治療中に生じると考えられる配向構造の一例 (a)地球磁場の方向を向く方位磁石、(b)及び異方性磁場より弱い強度の高周波磁場を照射した際に形成される、強磁性ナノ粒子が磁場と垂直な面内に揃って配向した定常的な構造を模式的に示す。